イオセリアーニに乾杯

渋谷のシネアミューズでイオセリアーニの未公開作4点が上映されたので見に行った。

イオセリアーニの映画は、基本的にあらゆる人間の行動を肯定するところから発想されていると思う。「四月」ではそれが単純化され過ぎているのが問題だが。
また、鳥や窓など、古い作品から最近のものまで同じモチーフが繰り返し用いられており、ある種記号的な作用を意図しているようだ。映画をできる限り単純化するという考え方の反映と見てもいいかもしれない。

そして、人間が実にさっぱりとドライに描かれているところがいい。人が殺されるシーンもあっけらかんとしており、必要以上に重い意味を含ませない。

親族が平和に散会した後、帰りの電車が爆破されて一瞬にして人生が断ち切られてしまうなど、一寸先は闇というシナリオも効いている。

この監督の作品には人間感情の交錯や複雑な絡み合いを求めることはできないし、それがないことこそがイオセリアーニの存在理由ということになるだろう。

難しいことは考えず心の赴くままに歌を歌い、酒を飲み、ふらりと旅に出る、そうした行動原理はまさしくオレの人生観に一致するものであり、だからこそイオセリアーニの作る世界に共感するのだ。